会社から椅子を持って帰った日

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やることがあったので会社に出て、ふともらい受ける予定だった椅子のことを思い出し、倉庫から衝動的に持ち出した。会社で大掃除をしたときに廃棄される予定だったものだ。捨てるくらいなら、と持ち前の貧乏性で譲り受けたものの、持って帰るのがめんどくさくなり5ヶ月ほど放置していた。クッションには上に置かれていたコピー機の跡がくっきりと残っている。

 

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エレベーターを降りて外に出る。タクシーを呼ぼうかと思ったが、会社から家はそんなに遠くないので抱えて持ち帰ることにした。椅子は片手で抱えられるほどの重さで、縦・横・高さの3辺の合計が250センチメートル以内なので電車の持ち込み制限には抵触しない。電車で自宅の最寄り駅まで向かう。

 


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たまに電車に大荷物を持ち込んでいる人を見て、あららやってんね〜〜などと思っていたが自分がそれになってしまった。彼らは悪くないし私も悪くない。左手に抱えていたが次第に腕が重さに耐えきれず震えはじめた。


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駅の改札を通り抜けて階段を登りホームへ。駅員に止められるかと思ったが大丈夫だった。奇しくも雨が降ってきてしまい、椅子と身体を濡らす。

それにしてもホームに椅子を置くと違和感がすごい。絶対にそこには存在しないものだからだ。肘かけのボロボロ感も相まって不法投棄のように見えるが、もしこんなところに捨てるなんて見上げた根性だ。電車に乗り込むと乗客がいっせいにこちらをにらむ。拒絶ではなく珍妙なものを見つめるまなざしだった。ひとり、ふたり、数十名の目、目、目。申し訳なさそうに振る舞うのも腹が立つので表情は変えない。


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横断歩道で止まる。電車に乗っていたのは3分ほどと短い間で、商店街の人混みを抜けるほうが時間がかかった。通行人がこちらを見てくるのが嫌だった。雨もどんどん強くなり、椅子が濡れていく。合皮のカバーが雨を弾くが、中綿に染み込んでいないか心配になる。今は自分の身体より椅子のほうが大切だ。

 


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ふと思いついて椅子に座ってみる。目線が下がり、地面との距離が近くなる。車がびゅんびゅんと通り過ぎる路上でふかふかの椅子に腰かけるのは気分がいい。もっとも雨が降っていなければの話だけれど。

 

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雨がどんどん強くなってきた。身体を滴るのが汗か雨なのかわからない。椅子にはなんとか持ちこたえてほしい。


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雨がすこし落ち着いたので途中の公園で雨宿りした。椅子を公園に置くと合成されたかのような強烈な似合わなさがあった。まったく異質なものみたいでよかった。

 


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机の上に置くと遠近法が狂ってしまったような気がした。早く持ち帰って座りたい。

 


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道の中央に置くと急に物々しくなった。「MOTHER」の敵キャラのようで、急に襲いかかってきそうな雰囲気がある。もういい加減疲れてきた。早く家に帰りたい。


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家についた。タオルで椅子の水気を拭いてドライヤーを当てて乾燥させる。中綿までの被害はなかったようだ。自宅の屋根裏部屋に置くことにする。

 

椅子の大きさと屋根裏入り口の幅がほぼ同じで、ねじ込む形で上にあげた。引っ越しのとき無事に下に降ろせるのかはもうわからない。


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ずっと椅子が欲しかった。有効に使えていなかった机のスペースが可能性に満ちてきた。この椅子に座ってパソコンをいじったり本を読んだりすることができる。それだけで何もかもできるようになった気がする。尻の座りもいい。貧乏グセで引き取り、苦労して持ち帰ってよかったなと思う。

 

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馴染んでいる。自分の部屋だ。