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不満

現実はゲームと違って色んなところに当たり判定があるから生きづらい。自分は人混みの中歩くときマジで全員死ねと心の中で念じながら歩くのでもうホントにうっとうしい。大学で大教室や階段で有象無象とすれ違うときにバッグやその他部位諸々が自分の身体に触れるときもうやだホントにイヤだ。階段を上っているとき有象無象が知り合いの有象無象に久しぶりなどと挨拶したり○○さんはよく見るけど××くんは全然見ないねなどと別の有象無象の話をしたりして移動の動線を遮らないでほしい。邪魔で邪魔で邪魔で死んでほしい。他にも教室の出口で久しぶりの邂逅かは知らないけど5、6人で固まったりなんかしちゃっていて邪魔、邪魔、邪魔。思うに人は他人の迷惑行動にはそれなりに敏感だが自分が迷惑をかけていることには無自覚だ。授業中に耳が腐るくらいとりとめのないクソ小話を披露したり、教授の一挙手一投足にあれヤバくねとクスクス笑ったり、まず授業中にぺちゃくちゃしゃべるという感性が理解できない。どうして講義中にしゃべる?昨日の飲み会がどうとかバイトのシフトがどうとかそれを発話することが今の今に必要なのか?そうしたクソ小話が当事者間の間ではお茶を濁すクソインターバルとして消費されるのかもしれないけど関係ない人間にとってはそれは暴力に等しい。濁したお茶をぶっかけられている。その話がおもしろかったら多少情状酌量できようものだが大抵自分変わってるアピールか昨日オールしたわとか自身の無計画愚鈍さや寝ないで朝を迎えることに別の価値を見出しちゃってるような内容でだいたいつまらない。(ただブスが駅で酔ったオッサンにお前ブスだなぁと言われたという話をしていたときはすごくおもしろかったし気の毒だった)ともかく人は自身が害を受けるような事柄以外の振る舞いには無関心なのではないか。授業中や移動以外にも雨の日は階段を歩く前の人間が振る傘が目を突きそうで恐ろしい。傘でメチャクチャに全身を突かれる地獄に落ちたらいいのにと思う。他には廊下を歩くときもう通路を塞ぐくらい横並びになって歩いてくるブス軍団は消えてほしい。特攻野郎Aチームかよ。このレンジだったらショットガンでまとめてKILLできるなとか思ってしまう。そいつらの格好も顔も似たり寄ったりの量産型女子なので大学の用意したギミックなのかもしれない。だいたい自分はそういうとき道の真ん中を突っ切るのでたまに何アイツ的コメントをいただくことがあるのだがお前が何だよ。ただの障害物じゃないか。趣味の悪いピアスを引きちぎってやりたい。そういうとき人は人じゃなくなって動線を妨害する喋る遮蔽物になる。もううっとうしい。道を歩くのも七面倒くさい。そういうことで自分が思い悩むのも腹立たしい。フラストレーションをなんとか昇華しようとして自分の腿にシャープペンシルを突き立てて痛みを与えたときなんで俺があいつら障害物のせいで痛みを感じなければならないんだと覚醒した。衝動は内向きじゃなくて外向きに放出しなくてはならない。衝動を持て余している。最近口癖が死にてぇから絶対殺すになってきたことからも自分が外向きになってきたことを感じている。良いことが悪いことかは知らないし明確に殺意を抱いている相手もいないしもし誰かを殺したとしたら自分が殺したそいつのせいで自分の人生がメチャクチャになってしまいつまるところ口無しの死者に死ぬまで苦しめられることになるので自分は絶対人は殺さない。持て余した衝動がこうして文章で表出していくのはおもしろい。こうした記述がもし自分が事件を起こしたときその人の人柄を表す符丁として使われるんだろうなと思う。事件なんて起こさずに平穏に過ごしたいので果てしなく杞憂なのだけど。最近すれ違う人の顔が男も女もみんな同じ顔に見えてきた。自分とある程度つながりのあった人間(だんだん減っていく)はそれなりに認識できるが通り過ぎていく人間はどれも似た顔だ。こうした症状を相貌失認、または失顔症というらしい。なんだ相貌失認って超かっこいい。