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チンパンジー

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いま自分は北陸の辺境まで行って血を抜かれるというけっこうなお金がもらえるボランティアをしているわけなのだけれどここ最近のなかで一番わくわくしている。

それはなぜか、病院という日常から切り離された異空間という問題もあるがなによりわくわくするのはそこでは人間という部分がある程度捨象されてしまうところだ。

すなわち実験動物のような扱い、もちろん看護師さんたちはみなとてもやさしいが(全員おばさんだけど)、そこでは被験者みんなが番号で呼ばれる。

120という数字が自分の名前だ。

120番さん、と呼ばれたらそれは自分のことである。

固有名詞で呼ばれることもあるが自分の名字はよく見かけこそすれど一般的な読み方とは少し違っていて、正しい読み方では呼ばれないのでそこでは違う人間になった気持ちになる。

普段読み方を間違われると非常に腹が立って一瞬で間違えた人間のことを嫌いになるがそこでは別段気にならない(学校の授業でいつも自分の名前の読み方を間違える教授に課題レポートに加えて1500字ほどの呼ばれるたび注意したのに何度も間違えるのは何故か、という旨の抗議文を送ったことがある)。

なぜならその空間においては自分は人間ではないからだ。

被験者は大部屋のベッドの上に寝かされ1日のほとんどをそこで過ごす。

周りの人たちと会話などコミュニケーションをとることもない。

家畜が別の家畜と和気あいあいとトランプしたりにこやかに会話したりするか? 当然しない。

みなそこは了解しているので別の人間もとい別の家畜に気を病む必要はないのだ。

家畜はどういったことを要求されるのかというと血を提供して余計なことをせず慎ましくあることだ。

30分ごとに血を抜かれる。

何度も何度も針が自分の肌を刺す。

薬物依存者でもなければこんなに針を刺される経験は滅多にない。

痛い、皮膚が膨らんで腫れてしまった。

ぷっくりと膨らんで固まった患部をさすりながらまた次の30分後を待つのだ。

針が自分の身体を突き刺す瞬間をじっと見ている。

カプセルを満たす自分の血、それは想像の血よりも赤黒く、生々しいリアリティを伴っていた。

そして自分は傷つけば血の出る血の通った人間だということを確認する。

この血が何かの拍子にいくらか放出されれば人間は死んでしまうのだからこの採血ボランティアではまさに生命を売っているともいえる。

家畜のマインドで考えると我々は血の詰まった袋だ。

袋に針を突き刺し5mlほど血を採られるのがお仕事だ。

乳を出す牛が乳牛と呼ばれるのなら血を出す人間はさしずめ血人といったところであろうか。

牛よりも役に立つ(役に立たないこともある)経済動物だろう。

ここではきちんとごはん(エサ)が与される。

お昼のメニューはブリの煮たやつ、たまごと三つ葉のお吸い物、しらすとわかめの酢の物、高野豆腐、デザートに黄桃。

夜のメニューは豚肉の生姜焼き、冷やしそうめん、角切りポテトサラダ(おいしい)、イカと大根の煮物、デザートにりんご。

いずれにもごはんとお茶がつく。

今日は6時に起床してベッドの上から4時間動けず延々血を抜かれていたのでとてもお腹が空いていた。

メニューを見ればわかるがどれも血を作る栄養素が豊富に含まれた献立である。

我々は血を作らなければならないからだ。

食堂に行き自分の番号が貼ってある席に着き看護師の合図でみながいっせいに食べはじめる。

ゴトゴト、カチャカチャ、皿に被せられたカバーを外す無機質な音が沈黙の中鳴り響いた。

咀嚼音、クチャクチャ、ぺちゃぺちゃ。

これは血を作るためのエサだ、そう思って食べると自分が人間だが人間でなくなるようでなんだか楽しかった。

食堂にはテレビがあり、被験者同士の会話はないもののテレビからはタレントたちの笑い声が聞こえ、沈黙の空間を薄く色付けする。

被験者は動物の習性というか音の出るほうを見ながら食事をする。

今日はそこで動物モノの番組をやっていた。

有名人の愛犬が死んでしまった、というお涙ちょうだいの話、誰々が何々を飼うといった話、それらのプログラムのなかでとりわけ我々の目を惹いたものがあった。

それはチンパンジーの出産シーンの映像である。

長年番組のマスコットキャラとして活躍していたチンパンジーに子供ができたという。

その相手のメスのチンパンジーがどうやら出産をするらしい。

最初のほうは呑気にりんごなりバナナなりを食べていたが、次第に産気づきだすと毛布で寝床?というか生む環境をセッティングしだす。

さぁ生まれるぞ、というそのときふと周りを見渡すと被験者のほとんどがそのテレビのほうを向いてじっとメスのチンパンジーの出産シーンを見守っていた。

我々はそのとききっとあのメスのチンパンジーに恋をしていたのだと思う。

苦しそうなチンパンジー、やっと生まれた、よかった。

出産が終わると被験者たちはメスのチンパンジーを祝福することもなく、またその感情を表情で表現することもなく、また沈黙の食事に戻った。

なんだったんだろうあの空間、その瞬間は。

チンパンジーの出産シーンを固唾を飲んで見守る俺らってなんなんだろう。

確かに一体感を感じていた。

メスのチンパンジーへの横恋慕ではない、おそらく別の何か。

横恋慕とはまた違う恋の力学。

未だにそのときの感情は言い表せない。

家畜たちの間で瞬間を共有しあえた点でかなり衝撃的な体験だった。

それはなにかの魔術にかけられたような、貧血状態の幻覚だとしてもそれはとても美しいものだった。

あと30分もすればまた血を抜かれる。

ピッ ピッ ピッ ピッ ピーーーッ

規則的な電子音が遠くから聞こえてくる。

明日の昼には自分は人間に戻る。

それがいいのか悪いのかは人間サイドの物言いだが動物のままでいたほうがきっと楽なんじゃないだろうか。

病院に住みたい、と、そう思った。