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ハロウィン

雑記

ハロウィンについて書こうと思ったんだけどいつの間にか日が変わって11月になっていて、だけど自分の基準だとまだ起きている間は今日なので特に書くことは変わらない。ハロウィンだけど特にハロウィンらしいことはしていなくて部屋の隅でブタのマスクが生気のない眼でこちらを見つめている。

 
最近は海苔ばっかり食べてウンコ真っ黒アハハとかやって喜んでいるようなクソみたいな毎日を過ごしているので不思議に祝祭の雰囲気漂うハロウィンになんとなく何かを期待していた。しかしかわいい女の子からお菓子をもらったりすることもなくミニスカポリスやバニーガールに鼻の下を伸ばすこともなかったし大学にも仮装している人はいなかった(コスプレかと思ったら工事のおじさんだった)。
 
こんな日になぜ大学に行ったのかというとなんかよくわからないけど補講でもない土曜日授業があったためである。なんなんだホント学校の都合でわけのわからない延長戦はやめてくれ、と思うんだけど休んでも特にすることもないので素直に大学へ行くのだ。
 
今日の授業は月曜日日程だった。月曜日日程はつらい。小集団授業があるので非常に消耗する。暴力的な和の空間が嫌いなのでなるべくそういうのは回避するようにはしているのだが今年は積極的になろうと決めたので人と話すような授業を意識的に取っている。人と話すのは苦手ではあるがある程度克服しないといろいろ困る。今生きている現場という意味での社会では相手取るのはやっぱり人であるので人とのコミュニケーション、意思疎通が図れなければ生活の諸々がいずれ機能不全を起こす。人は1人じゃ生きていけないとはよく言うが残念ながらその通りで1人じゃ立ち行かないこともきっとある。だけど1人で生きられる部分を1人で生きる分にはなんら問題ないと思うしそういった部分の棲み分けをもっと自然にできるようになりたい。というか友達がいなくなったので自己正当化のために無意識にこういうこと言ってるのかもしれない。
 
2限目にその小集団授業はあった。毎回眠くてしょうがないし今日だって例外ではなかった。この授業はメディア制作というなんか作る系のやつでグループで企画して音声系の何かを作る。今日は教員の酔狂でMr.Childrenの「しるし」を使って何かを作るというもので、ミスチルよく知らないしテレビで流れてるもの以外聞いたことがないのでこれでなんかやれという漠然とした要求をどうにも持て余していた。
 
 
この曲を聞いたらなんとなく年末のイメージが思い浮かんだので年末のことを話すことにした。その思い出はというと去年の年末に実家に帰省する最中、親が運転する車に乗った帰り道に窓の外に煌々とした輝きが目に入り、あれはなんだろうと目を凝らしていたらそれが近所の家が燃えている光のことであったので興奮して車を降りて走って見に行き、家が燃える、体の内側から炙られるような莫大な自然のエネルギーを感じたというものだった。アレはすごかった。火事を見に行くとか不謹慎極まりないとは思うがコンビニもない田舎の人間はみんな暇なので事件も何もかもがすべてエンターテイメントなのだ。
 
という風な内容をこしらえてスタジオへ行きいざ収録と相成ったところどうやら自分が方向性を大きく間違えていたことに気づいた。自分はミスチルの音楽をBGMに据えて何かを話すものだと思っていたのだが周りの人たちがこの曲へのそれぞれの思いの丈を語り始め、それでは聴いてくださいMr.Childrenの「しるし」というイントロデュースの形を取り始めたのだからそりゃもう驚いた。ちょっと待ってそれ反則じゃないと思ったのだが確かにセオリー通りだし全然反則じゃないしどっちかというと家が燃えたとか話し出す方が凶器攻撃だろう。前の人がミスチルの曲への思いの丈を語ったあといよいよ自分の番が来た。「あれは去年の12月のことだった」とか感動モノか?とかそういう雰囲気を最初こそ漂わせつつも結局近所の家が燃えてて野次馬根性に衝かれて火事を見に行ったら案の定燃えててものすごい自然のエネルギーを感じたっていうミスチルとはなんの関係もないし脈絡もないわけのわからないお話が始まったものだからみんなポカンとしていた。他の人の収録のときは笑い声なりあったものの自分のときはシーンとした静寂だった。いい声してるねと褒められたけどもう声とか正直どうでもいい状況だったじゃんあのとき。作った作品、果たして作品と言えるのかはわからないがそれをUSBメモリに入れてもらうとき自分のUSBメモリの名前がちょっとだけウケた。
 
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「すごいUSB」
 
学生のほとんどが曲紹介の形をとった。みんなこの曲を聴いて泣いちゃった、とか友達と疎遠になってしまったけどこの曲が、とかハートフルでエモーショナルなとりどりの物語を編んでいて家が燃えててそれを見に行ってエネルギーを感じたみたいな話をする人は誰ひとりいなかった。そんなにこの曲に思い入れがあるのかなと思った。
 
Mr.Childrenの「しるし」が発表されたのはどうやら2006年のことらしく、それについて話す人もいた。2006年のとき自分は中学生で広報委員会という放送をするところにいて、自分の曜日のお昼の放送のときには必ずマキシマムザホルモンを流して毎回職員室に呼ばれるということをしていた時期だったのでミスチルなんか知らなかったなと今になって思う。だからこそこの曲を贅沢にもBGMにするという発想に至ったわけであるがミスチルをBGMにして家が燃えててすごかったみたいなことを話すのは全くわけがわからない。絶対ドン引かれたし友達がいなくなったのでこの授業をきっかけに友達ができたらいいなと思っていたし女の子もだいたいかわいかったのでお近づきになれたらいいなとか思っていたけど家が燃えてエネルギーを感じてしまったばかりにすべての計画は頓挫してしまった。これから先家が燃えててエネルギーを感じた人という目でまなざされることはまず間違いないだろう。そして友達はできないしガールフレンドもできない。だって自分がもしあっちの立場だったら絶対に友達になりたくないしそういう人を知り合いにさえも持ちたくないと思う。コミュニケーションってホントに難しいなと思った。
 
とりもなおさずやっぱり今日はハロウィンなのでTwitterでハロウィンのコスプレをした人を探して雰囲気を楽しむのだが楽しい。かわいい女の子が仮装していたりすると嬉しいしもっとセックスアピールしてくれと思う。だけどその仮装の題材としてゾンビ系がやたら多いのはどうしてなのだろうか。普段死んでるように生きていて、はたまた生きているように死んでいて、それがハロウィンの日にゾンビという仮装へと仮託し表出されるという気の利いたユーモアのつもりなのだろうか。それだったらなかなかイカしていると思う。